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イルクーツクからモスクワ(Moscow Yaroslavli)へ
1985年7月8日
約9000キロの鉄道の旅は、ナホトカかから足掛け8日(イルクーツクで一泊したので実質は7日)、イルクーツクから乗りつづけて4日目にしてやっとモスクワまでやってきた。モスクワの近郊では高層の住宅群とダチャと呼ばれる家庭菜園や農家が車窓からみえた。モスクワは間近だ。
モスクワは間近
車窓から都市の雰囲気が感じ始めた。遠くにアパート群が見え始め、そろそろモスクワだろうか。以前、本で読んだ都市住民の菜園兼別荘のようなダツィアが時々見えてきた。
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| モスクワ近郊の農村 | モスクワ近郊の住宅地 |
モスクワ・ヤロスブラリ駅到着
午後4時40分、モスクワ・ヤロスラブリ駅に到着。横浜港を出てから足掛け10日目にしてモスクワへ到着。モスクワはユーラシア大陸を鉄道で横断した終着駅であり、これからのヨーロッパ旅行への始発駅でもあった。この駅にはインツーリストの事務所があり、そこへナホトカから一緒だったインツーリストの添乗員らと出向いた。
この添乗員はグループの添乗員で私の旅行とは関係がなかったがいろいろと面倒をみてもらった。指示によると車が用意されており、ラダではない大きなソ連製の車でホテルへ連れて行かれた。ここにも日本語のよくできる(この人はNHKのロシア語講座にも出演していたナターシャという女の子だった、彼女がそう私に説明した。)人がいた。そうでなければ、右も左もわからないわけだからお手上げだっただろう。
シベリア鉄道の列車内風景
毎日の食事は食堂車以外食べるところがない。チャイ
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| 食堂車 | 途中から同室だった乗客 |
途中停車
途中停車すると、できるだけ地面に降りた。
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食堂車でインツーリストとマリナと。
ウラル以西の広大な大地、走り続けるロシア号
広大な大地が広がっていた。延々とこんな風景が数日続いた。季節柄、時としてお花畑が、時として大地に沈む夕日が見られた。
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列車内
2等寝台車、作りが全体的に大きく天井も高い。ベッドも十分なスペースがあった。やることといえば、寝ているか、食事をしているか、おしゃべりをするか、だ。各車輌の端に車掌が乗務しており、そこで、時々チャイをもらった。
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| コンパートメント2等 | 食堂車 | インツーリスト添乗員Marina |











