ナホトカ航路シベリア鉄道の旅Trans-siberian Railway

シベリア鉄道は世界一長い鉄道としてその菜が知られている。全長9297km、ロシア号はモスクワ−ウラジオストク間を7日で走破する。

1985年当時のソ連邦時代はウラジオストクが軍港のため外国人の立ち入りが禁止され、ナホトカがシベリア鉄道の起終点になっていた。ソ連国内の旅程は事前に全て予約してから出ないとビザが発給されないシステムであり、下記のスケジュールで移動した。

日本からは、横浜港大桟橋からナホトカ港へ、そして、ナホトカから極東鉄道を経由してシベリア鉄道へ合流し、ハバロフスクで乗り換えた。

旅程 | シベリア鉄道・点描

Yokohama > Nakhodka > Khabarovsk > Irkutsk > Moscow Yaroslavli

map of trans-siberian railway
出典:(WayToRussia.net) 当時はナホトカでした、現在はウラジオストックです。

横浜発ナホトカ航路・極東鉄道・シベリア鉄道経由モスクワ行き、

ナホトカ航路シベリア鉄道とソ連国内の旅程

ビザ申請したとおりのスケジュール、モスクワまではツアー客も一緒だったのでインツーリスト添乗員が付いたが、それ以降は一人、要所要所でインツーリストがサポートした。

1985年6月29日、横浜港大桟橋を11時に出航し、三日目にナホトカへ、ここから極東鉄道に乗り、翌日、ハバロフスクで、ロシア号へ乗り換え、イルクーツクへ。ここで、一泊しバイカル湖畔の観光村ロストヴァンカへいった。翌日、再度ロシア号へ、10日目にモスクワ・ヤロスラブリ駅へ到着。翌日、ドニエプル号でキエフへ行き
アエロフロート国内線でモスクワへ戻った。レニングラードへ出発するまでモスクワ散策を楽しみ、レッドアロー号でレニングラードへ、夏の宮殿ペトロドヴォレツへ立ち寄り、16日目にヘルシンキへ向けて出発、翌朝、ソ連を出国しフィンランド入国、ラハチで下車した。

日付 旅程 宿泊 備 考
1 1985年6月29日 横浜11:00−> 船内 横浜港大桟橋から出航
2 1985年6月30日 -->-->--> 船内 津軽海峡を経由
3 1985年7月1日 -ナホトカ−> 列車内 午後ナホトカ港着、バスで極東鉄道・太平洋駅へ
4 1985年7月2日 -ハバロフスク-> 列車内 極東鉄道ヴォストーク号からシベリア鉄道・ロシア号
へ乗り換え
5 1985年7月3日 -->-->--> 列車内 シベリアの原野をひた走る
6 1985年7月4日 -イルクーツク イルクーツク 夕方イルクーツク着、アンガラ河畔に位置する
インツーリストホテルへ
7 1985年7月5日 イルクーツク-> 列車内 バイカル湖畔見学、午後一日遅れのロシア号へ
8 1985年7月6日 -->-->--> 列車内 列車は走る
9 1985年7月7日 -->-->--> 列車内 列車ひたすら走る
10 1985年7月8日 −16:40モスクワ モスクワ 午後4時40分モスクワ・ヤロスラブリ
Yaroslavli駅到着
11 1985年7月9日 モスクワ--> 列車 夜行列車ドニエプル号でキエフへ
12 1985年7月10日 -キエフ- キエフ 早朝キエフ着
13 1985年7月11日 キエフ-->モスクワ モスクワ 午後、国内フライトを利用してモスクワへ
14 1985年7月12日 モスクワ--> 列車 夜行急行列車レッドアロー号でレニングラードへ
15 1985年7月13日 -レニングラード レニングラード 早朝着
16 1985年7月14日 レニングラード- 列車 ペトロドヴォレツへ 夜行列車でフィンランドへ
17 1985年7月15日 --> ラハチ ソ連邦出国、フィンランド入国

(当時のメモから作成)

シベリア鉄道リンク