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イルクーツク停車
1985年7月4日
シベリア鉄道での旅程で中間に近いここイルクーツクで世界で最も深い湖であるバイカル湖見学(リストヴァンカという観光村)を含めて小休止をした。 シベリア鉄道のイルクーツク到着予定時刻は20時15分であったが実際には21時少し前に到着した。日差しが9時近いというのにまだ午後のようだった。駅からインツーリストのバスでアンガラ河畔に建つインツーリストホテルへ。637号室へチェックインし荷物をおき窓の外を見るとやっと夕暮れどきの様相を呈していた。このまま部屋にいるのも芸が無い思いアンガラ河畔を散歩し黄昏時を楽しんだ。
Irkutsk | Listvyanka
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![]() イルクーツクの中心部 |
イルクーツクインツーリストホテル
アンガラ川河畔に建つ12階のホテル(アレクサンドロフスキー・スクヴェル) ここで初めてソ連のホテルに泊まることになった。チェックインはレセプションでするのだが、部屋の鍵はそれぞれのフロアーに鍵係りがいてそこで受け取る。鍵係りはおばちゃんが多く暇つぶしに編物をしていた。鍵を受け取りに行くと日本から何か土産物はないかと挨拶する。このときはボールペンだっただろうか。これがソ連時代の現実なのだろう。
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| バイカル湖周辺 | イルクーツク周辺 |
インツーリストホテルエレベータ事件"
翌日はバイカル湖畔へ行くツアーになっていた。朝食を済ませ荷物を取りに部屋へ行きエレベーターに乗る。何人かもう既にに乗っていた。ドアが閉まりエレベーターが下降し始めガツンといって途中で止まってしまった。下ではインツーリストの添乗員が待っているのだが。軍服を着たロシア人が電話をしたが何も音沙汰がない。同乗の人たちは黙ってずっと待っている。30-40分も中で待っただろうか、やっと開放された。あまり驚かないところを見るとよくあることなのかと、これまたソ連の現実に驚く。
インツーリストの添乗員が心配そうにロビーで待っていた。理由を話すと”まあ”だって。この旅行でこのとき既に2回も心配をかけていた。予定していたツアーはモスパックといったがそれにはこの件で間に合わなかったのでインツーリスト(サービスビューロー)のツアーに参加した。(写真は到着当日、インツーリストホテル前のアンガラ河畔にて)
バイカル湖
世界で最も深い湖(1620m)、350の河川が流れ込み、アンガラ川が唯一の流れ出る河川。そして途中エニセイ川と合流し北極海へ注ぐ。”バイカル”とはタタール語で”豊かな湖”という意味。 日本との関係では江戸時代、漂流民大黒屋光太夫一行は、サンクトペテルブルグへ行く途中しばらくここに滞在している。また、1918年シベリアに出兵した日本軍はイルクーツクまで進行した。
停車、とある駅にて
ある駅のホームにて
途中停車する駅で車窓から様子を眺める。夏の日差しを浴びゆっくりと時間が流れる。出迎えの人たち、出発の人たち、乗客目当ての売り子など賑わいがあった。女性のファッションが一昔前の印象だが、これがソ連だった。





